Superposition de la philosophie et de ...

中村大介による哲学と他のものを「重ね合わせ」ていくブログ。目下は探偵小説の話題が中心になります。

〈探偵小説の記号図式〉に対する補足(1):登場人物について

 今回そして次回と、私が探偵小説の形成を考察するために作った「記号図式」に対する補足事項を書いておきたい。今回補足したいのは、登場人物についてである。

 まずは私の記号図式を掲げておこう。

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 詳細は省くが、最低限押さえておくべきこととして、「第一次性/第二次性/第三次性」はパースの記号学の三項関係に対応する、ということが挙げられる*1

 パースの記号学の基本をラフに言うならば、記号を「記号と対象」の二項関係でなく、「記号が対象を指し示すためには解釈項も必要である」以上、「記号ー解釈項ー対象」の三項関係で捉える、となる。そして私は、記号(それ自体)を探偵小説の「叙述」に、対象を「事件」に、そして「解釈項」を探偵小説における事件という対象を読むこと=「手がかり」や「推理」に対応づけた訳だ。簡単にまとめると以下のようになる。

 第一次性:探偵小説の叙述

 第二次性:探偵小説における叙述の対象としての事件

 第三次性:叙述と事件をつなぐものとしての読む行為(手がかり、推理)

 

 さて、このように書くと、叙述する人=記述者は第一次性に入り、読む人=探偵は第三次性に入り、その他の登場人物(被害者、目撃者、犯人など)は第二次性に入る、ように思える(実際、図式の最上段からはそのように判断できよう)。しかし ー ここからが本記事の核心なのだが ー 登場人物がそのように一意的に割り当てられるとは限らない、のである。

 重要なのは、記号学をベースとしている以上、記号の機能からはまずは考えるべきであり、登場人物はその機能を果たしている存在者に過ぎない、ということである。 

 

 第一次性を考えよう。このカテゴリーでは探偵小説における「記述・叙述」の面がフォーカスされる。その記述という機能を果たしている人物は記述者であり、ホームズ譚であれば「ワトソン」ということになる。だからといって、ワトソンが第一次性のカテゴリーにのみ属する、とは限らない。例えば、ワトソンが事件における何か重要な出来事を目撃し、それが犯人に何らかのアクションを引き起こしたとしよう(そのような作品があったかはひとまず措く)。この場合、ワトソンは第二次性にも属することになる。

 要するに、第一次性で問題となる登場人物は「記述する限りでの記述者」ということである。この同じ人物が事件と関わる場合は第二次性に入ることになる。

 

 第三次性についても同様である。このカテゴリーで問題となるのは探偵小説における「読解」の面である。謎を見出し、手がかりを読み、推理をするのは基本的に探偵であり、典型的には「ホームズ」ということになる。しかしこれまた、ホームズが第三次性のカテゴリーにのみ属する、という訳ではない。例えば、ホームズが起こした何らかの行動が被害者の行動に影響を与え、それが犯罪に繋がったのなら、その場合、ホームズは第二次性にも属することになる。

 第三次性で問題となる登場人物はそれゆえ、「読む限りでの読解者」であって、それはホームズのような探偵であっても、自ら謎を解き明かすルパン(リュパン)であっても構わないのである。

 

 ところで、探偵小説の歴史においては、「記述それ自体が読者にとって事件となる」作品や、「読むこと(推理)それ自体が事件の一部を構成する」作品が存在する。これらは「第一次性/第二次性/第三次性」の峻別を切り崩すようなものとして、極めて重要な作品群である。それらについてはこれまでも語ってきたし、これからも語り続けるであろうから、ここではこれ以上の論究はしない。

 今回の補足は、記号図式を考えた当初から思っていたことだが、これまで明示してこなかったことである。次回は補足(2)として、第二次性について少し展開しておきたい。これは、比較的最近気がついたことである。

*1:詳しくは、拙著『数理と哲学 ー カヴァイエスとエピステモロジーの系譜』(青土社、2021年)の補論、もしくは以下の発表原稿を参照。https://researchmap.jp/daisukenakamura/presentations/18660760