Superposition de la philosophie et de ...

中村大介による哲学と他のものを「重ね合わせ」ていくブログ。目下は探偵小説の話題が中心になります。

〈探偵小説の記号図式〉に対する補足(2):第二次性について

 昨日の記事に続いて、「探偵小説の記号図式」に対する補足をおこなう。今日は「第二次性」についてである。

 第二次性とは、「何が起きたか?」という記述の対象としての〈事件〉のカテゴリーであり、手がかりを読むことや推理という〈読解〉を通して事件を解明することが探偵小説の主眼をなす。そしてこの第二次性には、パースに倣ってさらに三つの相が区別される。

 イコン → 探偵小説における類似性(双子や変装といった誤認トリックなど)

 インデックス → 物と物の連鎖(機械的トリックなど)

 シンボル → 人の思考・行動の絡み合い(心理的トリックを含む)

 

 さて、パースによれば、イコンの代表例とは「肖像画」のようなものである。正確には、「自分で所有する特性だけで対象に関わるような」*1記号である。するとここで疑問が浮上する。探偵小説において、例えば双子の類似性を使ったトリックが用いられたとして、それは言葉を用いて記述される以上、「肖像画とその対象としての人物」のようなイコン的な関係と異なるのではないだろうか?

 インデックスについても同様の指摘が可能である。パースによればそれは、「煙が火のインデックス」であるというように、「かかわりを持つ対象により実動的に影響を受けることによってその対象にかかわるような記号」*2である。とするならば、探偵小説において、例えば糸と針を用いた機械的な密室トリックが出てきたとして、それはやはり言葉を用いて記述される以上、煙と火のような「実動的な」(現実に作用し合う)インデックスの関係とは異なるのではなかろうか?

 

 これら二つの問いには、確かに、正確にはイコン的な関係でも、インデックス的な関係でもない、と答える他ない(この点で、記号図式に関する最初の考察には不正確な部分があった)。しかしながら、パースの記号学にはこの点を補ってくれるヒントが含まれている。それが「退化形式」に関する議論である。

 まずイコンの方から見てみよう。米盛裕二『パースの記号学』(勁草書房、1981年)より引用する*3。 

〔シンボルの〕二つの退化形式とは、その一つが「単称的シンボル」と呼ばれるもので、それは現存する個物をその対象とする。〔…〕もう一つは「抽象的シンボル」と呼ばれ〔…〕、それは単称的シンボルの対象である個物が有する性格または性質を表意する〔…〕。たとえば子どもと一緒に歩いていて、わたくしが空のある方向を指差して「あそこに風船がある」と言ったとしよう。その言葉〔…〕は一つのシンボルである。しかしわたくしは「あそこに風船がある」というシンボルを「指差す」というインデックスによって表現しており、そして私の言葉はそのインデックス的行動によってある具体的な事実に関する情報を伝えている。しかもさらにもし子供が「風船ってどんなもの?」と尋ねたとする。それに対してわたくしは「それは非常に大きなシャボン玉のようなものだよ」と教えてやる。するとわたくしはこんどはシャボン玉のイメージ(イコン)をシンボルの重要な部分として使ったことになる。(158-159頁)

 シンボルの真正な形式に対して、一方にシンボルをインデックス的に使う形式が、他方にイコンを含むようにシンボルを使う形式がある、ということだ*4。そこで、先の不備は次のように是正されるのではないか。

 イコンを含むシンボルの使用 → 探偵小説における類似性

 インデックス的なシンボルの使用 → 物と物の連鎖

 

 例えば「実は人物Bはつけ髭をつけており、髭をつけた人物Aと双子であった」という真相解明時の発言は、人物Aのイコンをシンボルの重要な部分として用いている。同様に、「その糸を引くことで窓のクレッセント錠が回り、密室が完成した」という発言は、糸を引くことと共に錠が回転するということが、現実の作用を示すという点で、インデックスを含むようなシンボルの使い方になっている。

 以上、まだ詰めるべき点は残っているにせよ*5、考察の方向は正しいように思える。いずれにせよ、シンボルの退化形式であるという前提を踏まえれば、類似性や誤認を「イコン」と呼び、物と物の連鎖や機械的トリックを「インデックス」と呼ぶことに誤解はなかろうと思うので、今後も特に断りのない限り、それらの単純な呼称を採用することにしたい。

 

 最後に脱線だが、探偵小説には図(イコン)を用いた推論とでもいうべきものが確かに存在する。例えば、「館もの」の作品で館の構造そのものが図示され、それが解明時に図として解明されるように。そこには初期クイーン作品のような、言語を用いた「論理性」とは異なった推論のダイナミスムがあるように思える。

 21世紀に入り、論理学の世界では幾何学における「図的推論」の解明が大きく進んだ。それと勿論異なった手法にはなるだろうが、探偵小説における「図的推論」の役割と展開を考えるのは非常に面白く、かつ重要な仕事となるだろう。

*1:パース『著作集2 ー 記号学』、内田種臣編訳、1986年、14頁。

*2:同所。

*3:但し引用文中の「象徴記号」は「シンボル」に、「指標」及び「指標記号」を「インデックス」に、「類似記号」を「イコン」にそれぞれ置き換えた。

*4:この点はかつての記事でも触れていた。その考察には誤りが含まれていたことに後日気がついたが、その誤った考察が本記事の内容に繋がった。

*5:例えば「シャボン玉」と異なり、「髭をつけた人物A」を我々は見ることができない ーこの点をどう考えるか、など。