Superposition de la philosophie et de ...

中村大介による哲学と他のものを「重ね合わせ」ていくブログ。目下は探偵小説の話題が中心になります。

【論文】もう一つの謎、もう一人の名犯人:アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』

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  この小論の目的は、アガサ・クリスティーの代表作とされる『そして誰もいなくなった』(1939)におけるある別の事件の存在を指摘し、長らく忘れ去られてきたであろう「もう一人の名犯人」の名誉回復を試みることである。

 この作品の最終盤をよく読むと、そこには「書かれてあって当然のことが書かれていない」ことに気がつく。そしてこの「記述の不在」を一つの手がかりとして考察を進めていくと、語られざる「もう一つの事件」と、その事件を引き起こしていた一人の人物に行き当たるのである。ここではその事件の諸相と人物の動きをかなり立ち入って検討する*1

 なお「あるべきものの不在が手がかりとなる」といういわゆる〈ネガティブ・クルー〉を多用した作家と言えば、エラリー・クイーンが筆頭に挙げられる。その意味で、この小論はクリスティーのテクストのクイーン的読解と言えるかもしれない*2

*この小論と似たような読解が既にあれば、ご教示いただけると幸いである。

【以下、作品の真相に触れる】

1.ネガティブ・クルー

 本作は、ウォーグレイヴ判事が瓶に詰めて流した文書で締め括られる。本考察がまず焦点を当てるのはこの文書である。

 最初に、この文書に対する本小論の基本的態度を示しておこう。それは、この文書が「他ならぬウォーグレイブ判事本人が書いた、虚偽の記述を含まぬ文書」である、ということである。つまり、これが他の人に脅迫されて書かれたものであったということや、他の人が偽造したものであるといった「偽の文書」である可能性は排除する。つまり、兵隊島での連続殺人事件を画策し、それを実行していったのは紛れもなくウォーグレイヴ判事その人であるとみなす、ということだ。この意味で、本考察は「そして誰もいなくなった」事件の通常の解決に正面から異を唱えるものではない。

 だがこの文書、告白書にはある記述の欠落が存在する。読者諸氏はできればこの小論の続きを読む前に、この文書を改めて読み直して、その欠落が何であるのか考えて欲しい。

 

 …お分かりいただけただろうか。ウォーグレイヴ判事の告白書には、殺人が起こるたびに減っていった「陶器の人形」についての言及が一切ないのである。だがこれはかなりおかしなことではないだろうか。判事は「嗜虐趣味」をもち、「〔被告席に座る犯罪者が〕最後のときが近づくにつれて苦しみもだえるのを見る」のが好きな人物である。とすれば、自ら陶器の人形を減らし、それによって恐怖に慄いていく人物を見ることは大きな愉悦であり、「何人にも解けない殺人ミステリ」を誇ろうとするこの告白書に書かれていて当然のこと、否むしろ優越感を示すために書かずにはおれないことであろう*3

 他方で彼は「正義感」が強く、「公正・フェア」を重んじる人物でもある。このことと先のことを合わせると次のように言えないだろうか。

 彼が自分で陶器の人形を減らしていったのならば、彼はそのことを文書の中で書いたはずである。だが文書の中にその記述はない。したがって、陶器の人形を減らしていったのはウォーグレイヴ判事以外の人間である。そしてフェアネスを重んじる彼は、それを自分がしたことのように書くことができなかったのである*4

 彼は兵隊の歌を使うことを思いつき、兵隊島を買い取った。とするなら、童謡の入った額や陶器の人形を用意したのもウォーグレイヴ自身であろう。しかし人形を減らしていくことは、彼の計画に含まれていなかったのである。すると、「消えていく陶器の人形」というもう一つの謎が、実は解かれぬまま本作には残っていることになる*5。これが考察の出発点である。一体誰が、そしてなぜ人形を減らしていったのだろうか?

2.誰が? なぜ?

 「誰が?」の検討から始めよう。候補は比較的簡単に絞ることができる。アームストロングが消えた時点で陶器の兵隊の人形は3つになっている。ということは人形を減らしているのは、ここまで生き残った(ウォーグレイヴ以外の)3人、すなわちヴェラ・クレイソーン、ウィリアム・ブロア、そしてフィリップ・ロンバードのうちの誰かである。

 ここで人形を減らす理由を考えてみよう。3人のうちの誰であれ、連続殺人事件の最中に分かっているのは、(殺人事件の犯人として疑っている人は各自いるにせよ)「誰かが殺人を犯している」ということである。そのような中、人形を減らすことの意味は何か?

 殺人が一つ起こるたびごとに人形を一つ減らすこと、そこには各部屋に掲げてある童謡と合わせて「一人の人間の連続殺人事件の強い意志」を感じさせることになる(もし人形を減らしていなかったら、これが童謡にのっとった連続殺人である、ということに生存者たちが気付くのは遅れたかもしれない)。つまり、人形を減らした人物は、是が非でもこの事件が一人の人物による連続殺人事件であると思わせたかった、ということになる。

 要するに、その人物は「一人の人物による連続殺人」というミスディレクションを他の人たちに(さらにはうまいこと生き残ったときには警察にも)与えたかった、ということになる。とするならば、ここにあるのは「木の葉を隠すなら森の中」のロジックということになる。その人形を減らしていった人物は、「この連続殺人事件に乗じて誰かを殺そうとしていた」——そう推論は進められる*6

 実のところ、上記3人のいずれかの人物がその中の誰かを殺そうとしていた、ということを示す決定的な証拠を出すことは困難である。しかし我々はここで、ある端的な事実に目を向けるべきである。

 それは、兵隊島の連続殺人事件の中でウォーグレイヴが直接手を下さず、別の人物が殺人を犯した、ただ一つのケースがある、ということである。

 そう、答えは我々の目の前にあったのである。それはヴェラによるロンバード殺しである。ウォーグレイヴ以外に彼女だけが、この兵隊島で人を直接殺しているのである。

 そこで、前節最後の問いに対する答えをまずは仮説として一息に与えてしまおう。人形を減らして「一人の人物による連続殺人」と思わせることで、その中に自ら殺した人物を紛れ込ませようとしたこの事件のもう一人の犯人、それはフィリップ・ロンバードを殺したヴェラ・クレイソーンである*7

 以下ではこの仮説を、ヴェラの行動や心理を追跡していくことで検証することにする。

3.難所、むしろ好機:第一の消えた人形

 その追跡に際して指標となるのは、人形が消えていく前後におけるヴェラ*8の振る舞いと内的独白である。例えば、彼女に人形を取る機会があからさまになければ(つまり彼女にアリバイが成立してしまえば)上記の仮説は崩れることになる。そこで、マーストンが死に、最初に人形が消えるところをまずは見ることにしよう。

 すると、我々はすぐさまつまずいてしまうようにも思える。第5章の第4節(ダイニングルームでのロジャーズ)、および第6節(自室でのヴェラ)には次のような描写がある。

 彼はぶつぶつとひとり言を言った。

「おかしいなあ! たしか、十個あったんだが——」(115頁)

マントルピースの前を通ったヴェラは額に入った、こっけいな童謡を見あげた。

 小さな兵隊さんが十人、ご飯を食べにいったら

 一人がのどをつまらせて、残りは九人

“まるで、今夜起きたことみたいじゃないの——おお、こわ……”(124-5頁)

 最初の引用は、人形が十個から減っていることにロジャーズが気づいた描写であるとみなすのが自然であろう。対して後者の引用は、ヴェラが最初の死が童謡の歌い出しに対応していると思い至った場面である。これは奇妙である。ヴェラがもし「もう一人の犯人」であるならば、彼女は「マーストン殺しが童謡をモチーフにした連続殺人計画の発端である」ことを察し、その上で陶器の人形を盗まねばならないのではないだろうか。対して、この描写が示しているのは、「最初の人形がなくなったとき、彼女は童謡殺人の計画に気がついていなかった」ということなのである。この時間の前後は、我々の仮説に対して大いなる難所のように思える*9

 しかし月並みに言えば、ピンチはチャンスでもある。実際、この難所は我々に対して「ヴェラがロンバードを殺そうとした動機」を推察させてくれるのだ。そこで、この動機の点から難所を攻略することを試みよう。第1章でロンバードの座席の前に座ったヴェラは彼の「冷酷な感じ」を見て取りつつも、「この人、世界中の、面白そうな場所に行ったことがあるんじゃないかな」と関心を寄せている。ヴェラがロンバードに殺意を抱くきっかけ、それはやはりレコードによる声の「告発」を受けて、その告発内容を一人ずつが釈明する場面に求められる。ロンバードの釈明を聞こう。

「ぼくらはやつら〔東アフリカの部族民〕を置きざりにした。自分の命を守るためです。僕たちはアフリカの奥地で、道に迷った。ぼくと仲間二人は、ありったけの食料を持って逃げたんです」(中略)ヴェラは、手でおおっていた顔を上げた。ロンバードを見つめて、ヴェラは言った。

「その人たちを見捨てて——死なせたんですか」

「そう、死なせました」と、ロンバードは答えた。

 ロンバードはおもしろそうに、ショックを受けたヴェラの目をのぞきこんだ(His amused eyes looked into her horrified ones)。(95-96頁)

 ここである。重要なのはヴェラが何にショックを受けたのか(びっくりさせられたのか)、ということである。大方が想像するように、東アフリカの部族民に同情して、ではない。彼女が彼らのことを(残念ながら)一顧だにしていないことは後の記述から明らかである*10。とするならば、彼女が受けたショックは、むしろその前、ロンバードが「仲間二人(a couple of other fellows)」と逃げた、というところに関わるだろう。しかしなぜか。それは彼女が、ある人物が部族民を見捨て、死なせてしまったと以前聞いていたからではないだろうか。そして想像交じりの推察が許されるならば、その人物とは、彼女がかつて愛した「ヒューゴー」ではないだろうか。「仲間二人」のうちの一人、それはヒューゴーではないか。

 ヒューゴーは「文なし」であり、「自分一人暮らすだけで、精いっぱい」なために、ヴェラに対して結婚してくれと言うことはできなかった。だからこそ、ヴェラは(モーリスの遺産が彼に入るように)シリルに手をかけたのである。だが、なぜヒューゴーがそのように金銭的に窮迫した状態で暮らしているのか、その理由は挙げられていない。その理由をまさしく、アフリカの部族民を見捨ててしまった良心の呵責に苦しみ、普通に勤めて暮らすということができなくなったためである、そう推察してみよう。この推察が正しければ、ヴェラがロンバードに殺意を抱いても不思議はない。何と言っても、ヒューゴーが帰英後も健康なままだったとしたら、ヴェラは彼と結婚できたであろうし、勿論シリルに手をかける必要もなかったのだ。彼女がシリルを殺し、ヒューゴーに見捨てられてしまったのは、元はと言えばこのロンバードが一緒に逃げるよう彼を焚きつけたからではないか。 

 以上のような明確な殺意を、話を聞いた時点で彼女はすぐに抱いたわけではなかろう。彼女はそこではヒューゴーとロンバードの関係に気づきはしたが、びっくりさせられ、呆然としている。そしてここから、彼女がなぜ陶器の人形を一つ持って行ってしまったか、推理することができる。この人形はどのような形をしていただろうか? そう、「兵隊(soldier)」である*11。彼女の目の前でマーストンが死に、自分も含め多くの人の罪が告発された。自らも辛い釈明をした。ヒューゴーのことが頭をよぎっても不思議ではない。そしてロンバードの話に刺激された彼女は、ここではいわば慰めの品として、兵隊の人形をヒューゴー——アフリカでおそらくは兵隊として働いていた彼——の代わりとして一つ、部屋に持ち帰ったのである。要するに、ヴェラが最初の陶器の人形を持って帰ったのは、犯罪計画を立案する前、あくまでヒューゴーの代わりとしてである。

 これが、いささか想像の勝った推理であることは否定できない。だが、まったくの事実無根というわけでもない。先に引用したように、彼女は部屋で「こっけいな童謡」の入った額を見上げている。兵隊の人形を持ち帰ったからこそ、それに触発されて兵隊に関する童謡を改めて見たのである。

 彼女はそこで気がつく。マーストンの死が童謡の歌い出しと一致していると。そして、(誰かは分からないものの)ある人物が同様になぞらえた連続殺人をもしかしたら計画しているのではないかと。ここで、彼女が自身の犯罪計画を固めた瞬間を特定しよう。それは第5章と第6章の間、彼女が初日に眠りにつく直前である。勿論、本当に連続殺人が起きるかどうか、まだ保証はない。だがもし次の殺人が起きたら、「同一人物による連続殺人と思わせてそこにロンバードの死体を紛れ込ませる」ために、彼女は躊躇なく人形を隠すことを決意する。ロンバードだけは殺人鬼の手に委ねる訳にはいかない、彼だけは自分の手で仕留めるのだと——。

4.テクストによる支持:第二の人形の消失以降

 これ以降、テクストはしばらくの間、我々の仮説を比較的支持してくれるように思える。駆け足で見ていこう。

 続いて殺されるのはロジャーズ夫人である。彼女の死が公表されて以降、人形を取る機会は誰にでもあるように思える。人形が8つしかないことをロジャーズがアームストロング医師に告げた次の章にある、ヴェラの内的独白を読もう。

 「落ち着かなくちゃだめじゃないの。わたしらしくもない。どんなときだって、オタオタしなかったでしょ」ヴェラは自分をしかりつけた。(148頁)

 これはまさしく人形を取り、とうとう計画を始動させた直後にふさわしい言葉である。

 次はマッカーサー将軍の殺害後を見てみよう。ここの記述はかなり興味深い。少々長いが切らずに引用する。

 ヴェラ・クレイソーンが突然回れ右をした。そして、人気のないダイニングルームに入っていった。

 ダイニングルームは出たときのままだった。サイドボードに手をつけていないデザートが置いてある。

 ヴェラはテーブルに近づいた。テーブルのそばに立っていると、一、二分してロジャーズがそっと入ってきた(She was there a minute or two later when Rogers came softly into the room)。

 ロジャーズはヴェラを見て、驚いた。そして、問いかけるような目つきをした。

 「あ、これは——もしやと思いまして、確かめに……」

 ヴェラは自分でもびっくりするような、大きく、きつい声で言った。

 「そのとおりよ、ロジャーズ。自分で見るといいわ。七つしかないから……」(197頁)

 ヴェラは一人で、一、二分テーブルのそばに立っていた。一、二分、それは陶器の人形を一つ隠すのに十分な時間である。

 

 なおヴェラはこの後の第10章を含め、ロンバードといる時間が多い。だが勘違いしてはならない。それは一見そう思われるように、二人の仲が単純に接近しているからではない*12。ロンバードだけは童謡殺人犯に殺されてはならない、だから彼を一人にしてはならないのであるし、さらに言えば殺人の瞬間を伺い始めているからでもあろう。またこの章で初めて明かされることだが、彼女はアームストロング医師を一貫して童謡殺人犯として疑っている。ロンバードといることは、医師から身を守るためでもある(殺すべき対象を、自らが殺されないために利用している、ということになる)。

 翌朝、ロジャーズが殺される。彼女に人形を隠す機会はあるだろうか?ロンバードが9時35分に皆を起こして以降は不可能である(彼女はアームストロング、ロンバードの三人一組で、ロジャーズを探すべく「邸内を探しまわって」いる)*13。したがって、それ「以前」ということになる。彼女は前日の朝、朝食のドラが9時に鳴るまで屋敷の「裏手」にある島の頭頂部にロンバードと共に登り、モーターボートが来るかどうかを確認していた(131頁)。翌日のこの日も、同様のことを試みていたとしても不思議ではない。ここで気をつけるべきは、ロジャーズがまき割りをしていた洗濯小屋は「裏庭の奥」にあったということである。再び想像を入り込ませれば、屋敷の裏手にある頭頂部に向かう最中、童謡を「全部ちゃんと暗記している」(244頁)ヴェラは、まき割りの場所に気づき確認したのではないだろうか。そして死体を発見した彼女は、ダイニングテーブルから人形を一つ自室へと持ち去る。9時より前から活動していたがゆえに、ロンバードがノックして各部屋を回ったとき、ヴェラは「すでに着替えを終えていた」(240頁)のである。

 もっとも、この推論には不自然な点が二つばかりあるように思われる。第一に、まき割りの場所にヴェラ一人で近づく勇気があるのかという点。第二に、彼女はその後狂ったように笑い出し、彼女自身の言葉を借りれば「ヒステリー」に陥る(244-5, 252頁)ことからして、最初にロジャーズの死体を発見したとき、彼女はなぜ混乱に陥らずにすんだのか、という点である。これら不自然な点を解消しうる推理は、彼女が裏山に登る途中、遠目で洗濯小屋の中が見えた、というものだ。とはいえこの推理を支持しうるテクスト上の論拠はない。それゆえ今は差し当たり、人形を隠すことへの切迫性が、これら二つの心理的難点を突破することを可能にした、と言うに留めておこう*14

 

 ロジャーズ不在の朝食における六人による内的独白の場面に移ろう。そこでの彼女の独白は「小さな陶器の人形が6つ……たったの6つ ― 今夜は、いくつになっているんだろう」*15というものだ(256頁)。六人の中で人形の数に言及しているのは彼女のみである。

 朝食後、ミス・ブレントが殺害される。応接間からダイニングルームに皆が戻ってきて彼女の死体を発見してからのヴェラの振る舞いは注目すべきものだ。彼女はハチに注意を喚起すべく二度にわたって「叫ん」でいるのだ(265, 266頁)。この二度にわたる叫びは他のメンバーの注意をハチへと逸らすためになされた、と考えることが可能だ。真の目的は何か?無論、ダイニングテーブルの上にある人形を一つ隠すためである。最初の叫び声でテーブルから人形を取り、二回目の叫び声で窓の外に落としたのである。

 

 さてこれで人形は5つになった。次のウォーグレイヴの偽装死体発見前後のプロセスと記述は、この人形が減っていくという事件に着目するとき、ひときわ興味深いものとなる。彼女は一人部屋に帰ると、フックにかけられた海草に触れ、「悲鳴」をあげる。彼女は「あまりの恐ろしさに(…)叫び続けた」(284頁)。ここは地の文であり、文字通りに受け取られねばならない。彼女は自分が殺されるかもしれないという恐怖を感じていたのである。その後、ウォーグレイヴの偽装死体を発見後、四人は各部屋に閉じこもる。部屋に入ってしばらくの間のヴェラの描写を見ると、彼女が恐怖を感じ続けていることが分かる(第14章4節)。恐怖を感じている彼女に、とてもではないが人形を隠す余裕はない。だからこそ人形が4つになる記述は本書に存在しないのである。唯一ここだけ、人形が減っている記述が存在しないということは驚くべきことである。これはヴェラが人形を減らしているということの、一つの有力な傍証と言えるだろう。

5.最後の難所:人形が3つになるとき、そして椅子を蹴るまで

 さてウォーグレイヴを除く四人が部屋に入り、残る人形は5つである。この5つの人形はアームストロングが消えた後、3つに減っていることがロンバードの口から明かされる。この間、ヴェラが人形をダイニングテーブルから持ち去ることは可能だろうか?

 実のところ、我々の仮説に対する最大の障壁として立ちはだかるのはこの部分である。上で見たように、彼女は恐怖を感じ続けている。その彼女が、いかにして恐怖を克服し階下に降りて人形を減らしたのか、そしてそれはいつか。ブロアとロンバードがアームストロングを探しに出た後、第14章6節のヴェラの描写に注目しよう。彼女は一貫してアームストロングを童謡殺人犯だと疑っている。ここでも彼女はアームストロングが「使いそうな手」をまずはあれこれと考えている。しかしそのような描写がいわば「転調」する一文がある。それが「時間つぶしだった」(311頁)という文である。これ以降、彼女が恐怖に怯える描写はない。彼女は何をし始めたのか? 彼女は「日記を書きだした」のであった。日記を書きだした彼女はすぐに気がつくはずである。島に到着後すぐ額に入った童謡を見上げたことを、そして四人目の兵隊さんは「くん製のニシンにのまれ」ることを。彼女は、アームストロングが姿を消したことが「くん製のニシン(a red herring)」、すなわち一種のミスディレクションであることに気がつく。アームストロングは殺されたと見せかけて、自分たちを虎視眈々と狙っているのだ、と推理するのである。 

 これは危険である。彼女の理想はブロアとロンバードに守ってもらいながら、ロンバードを密かに殺し、それをアームストロングの罪に押し付けてしまうことである。そのためには、アームストロングが姿を消したことが騙しのテクニックであると、残る二人に強く印象付けねばならない。だからこそ彼女は人形を減らさねばならなかったのである。人形が減るということは、これまでの経緯からして、アームストロングが殺されたということを意味するように見えるだろう、だがそれこそが彼の張った罠なのだ…彼女はこのように二人を説得しなければならない。実際翌朝、彼女はブロアとロンバードに次のように述べている。

 「くん製のニシン ― これが肝心要の手がかりなのよ。アームストロングは死んではない……。彼は自分が死んだように見せかけるために、兵隊の人形を減らしたのよ。(中略)彼の失踪は、くん製のニシンがキツネのにおいを消して、追っている猟犬をまくのとまったく同じなのよ……」(320頁)

 この発言にロンバードもブロアも得心する。うまく行った訳だ。彼女が人形を減らしに階下に降りたのは、日記を書くという時間つぶしを始めて、比較的すぐだと思われる。311頁の最終行「突然、彼女は身体をかたくして」と直前の一文「時間つぶしだった」の間とみなすのが妥当であろう*16

 

 さていよいよクライマックス ― ヴェラがロンバードを射殺するところから彼女が最後に椅子を蹴るまで ― に話を移そう。ブロアが死に、彼女は(そしてロンバードも)アームストロングが童謡殺人事件の犯人であると確信する。だがその直後、浜辺でアームストロングの死体が発見される。このとき、ロンバードは彼女にとって復讐の相手というよりも、まずは自分を殺しにくる恐るべき童謡殺人犯として姿を現すことになる。「なぜこの人の顔を、もっとちゃんと見なかったんだろう。オオカミ——そうよ、オオカミよ」(338頁)。そこで彼女は「ロンバードに寄りかかるようにして」拳銃を奪って彼を殺す*17。忘れてはならないのは、彼女がああも軽々と引き金を引くことができたのは、背景に復讐心があったからだ、ということである。

 問題はこの後である。彼女はまずもって危険な童謡殺人犯とみなしてロンバードを殺した。それゆえ、この後彼女は「満ち足りた安心感(the glorious sense of safety)」や「平和」を感じることになる。だが、殺意はどこにいったのだろうか?我々は、ウォーグレイヴ判事の告白文書に、陶器の人形についての記述が「不在」であることを手がかりとみなし、そこから出発した。ここで、彼女の殺意についての記述がまた「不在」であるとしたら、それ自身一つの手がかりを——つまり彼女はロンバードに殺意など本当は抱いていなかったのではないかという疑念を——残すことになりかねない*18。では彼女がロンバードに実は殺意を抱いていたことを示すような記述がどこかにあるだろうか。

 ポイントは、彼女が安心感を抱き屋敷に戻ってきてから最後まで間断なく登場する、ヒューゴーが家にいることを感じる、一連の描写である。「ヒューゴーは家の中で待っているような気がした」、「ヒューゴーが二階で待っている」、「〔部屋の〕中でヒューゴーが待っている」、「ヒューゴーは、そうしてほしいと思っているのか……」、そしてついに、輪に首を入れたヴェラに対して「ヒューゴーがそこで見守っている ― ヴェラがすべきことをするのを ―」。そう、ヒューゴーは、ヴェラがロンバードに向けた殺意を自分に向けるために呼び出されている。ヴェラが無意識に感じている呵責、すなわち、(ロンバードではない、本当に死ぬべきは自分なのだ…)という思い、それを実行に移すためにはヒューゴーが必要なのだ。実際、彼女はこの箇所以前にも二回ほどヒューゴーの存在を身近に感じ、そのたびになぜそのように感じたのか訝っている(121頁, 299頁)。ヒューゴーが近くにいるという、自分自身でも理解できない感覚、それは、ヴェラの抱いている殺意は実は彼女自身に向けられるべきなのだ、という彼女の無意識の表現だと考えられるだろう。

 それゆえ、彼女がロンバードに殺意を抱いていたことを示す記述とは、先の「ヒューゴーがそこで見守っている——ヴェラがすべきことをするのを——(Hugo was there to see she did what she had to do)」という彼女の内的独白、そして何より彼女が椅子を蹴ることである。ウォーグレイヴは告白文書で、自殺を暗示する舞台を与えることで、彼女を死に追い込む実験をし、それがうまくいった旨を記している。だが、彼の実験がうまくいったのは、単に彼女がロンバードを殺した罪の意識を感じたからではない。ロンバードに向けていた殺意を本来向けるべき自分にとうとう向けるために、自分を見守るヒューゴーの姿を呼び出したこと——こうしたことのゆえに、彼女は椅子を蹴ることができたのである。

 

 ここまでヴェラの行動と内的独白の変遷を追いつつ、今再び、ウォーグレイヴの文書に戻ってきた。最後に行うべきは、こうしたヴェラの振る舞いがウォーグレイヴからどう見えていたかを考えることだろう。彼は減っていく人形のことをどう思っていただろうか。誰がやっているのかは気になりつつも、自分の計画に都合の良いことと思っていたのかもしれない(この場合、ヴェラがウォーグレイヴを利用したのと同様、彼もまた彼女の計画を利用したことになる)。

 では、彼は人形を減らしていたのがヴェラだったと気がついていただろうか?疑っていたことは間違いない。五人の内的独白が並ぶ箇所で彼は「あの娘だな……娘から目を離してはいけない(I’ll watch the girl)。娘をじっと見張るのだ」(279頁)と述べている*19。この時点で残っている女性は、ヴェラ一人である。彼は彼女の勇気や知恵を見抜き、手強い敵と思っていた。だが同時に、彼女こそが人形を減らしていっている張本人ではないか、そう疑っていることをこのフレーズは示してもいよう。

 だが、疑ってはいても、確信は持てなかったはずである。確信が持てれば、あるいは証拠を握っていれば、彼は最後の告白文書に書いた筈だからだ。ウォーグレイヴは最後の三人のうちの誰が人形を減らしているか分からなかった。だから自分が死ぬ前に人形を処分したのである。実際、エピローグにおける警察官同士の会話でも人形の話は出てこない。「何人にも解けない殺人ミステリ」を誇ろうとするウォーグレイヴにとって、自身でさえ解けなかった人形の謎は靴の中に入った小石のようなものだった。だからこそ自殺する前に処分し、手紙にさえそれを書かず、その痕跡を消し去ることを望んだのである。

終わりに

 ヴェラは童謡をモチーフにした連続殺人計画が練られていることを察知し、殺人のたびごとに人形を減らすことで、一人の人物による連続殺人を偽装し、そこに宿敵ロンバードの死体を紛れ込ませようとした。彼女は殺意を直接向けてではないにせよ、その目的を果たした。だが最後の最後に、彼女はウォーグレイヴの罠にはまった。他方でそのウォーグレイヴは、人形を減らしていたのが彼女である証拠を掴むことはできなかった。彼にできたのは、殺人のたびごとに減らされていく十個の陶器の人形があったという痕跡を消し去ることだけであった(そしてその「消し去ったこと」の痕跡を残すことになった)。

 一体、ウォーグレイヴとヴェラ、どちらが名犯人であろうか?確かにウォーグレイヴの計画立案力と実行力は素晴らしい。だが、彼は自身の犯行を誇りたいという誘惑に負け、犯人であることを曝す結果になった。対してヴェラはウォーグレイヴに見つかることもなく、また人を殺しているにもかかわらず、長らく「そして誰もいなくなった」事件の犯人として名指されることもなかった*20

 この事件が起こった屋敷はすみずみまで光の届く「明るい館」である。そしてそれは若島正氏が正確に指摘しているように、このテクストの隠喩になっている*21。だが、テクストの外部に、いや外部と言っては不正確であろう、テクストを構成しつつもテクストそれ自身ではないようないわば「余白」の部分に、これまで解かれていない謎が潜んでいた。そしてそこに住っていたのは、ウォーグレイヴの手からも、そしておそらくは作者自身の手からも逃れ去った、「もう一人の名犯人」なのである。(了)

 

【謝辞】この小論の初稿に対して森元庸介氏から適切なコメントをもらうことができた。氏に感謝する。勿論、文章に対する責任は中村にある。

*1:探偵小説、推理小説の「もう一つの真相」を推理するというのは、このジャンルのファンであれば多かれ少なかれしたことがあるだろう。ピエール・バイヤールは「推理批評」という形でこれをより大掛かりに行っているのだが、驚くべきことに、筆者(中村)がこの「そして誰もいなくなった」事件の再構成を終えた直後に、彼がこの小説に関する本を刊行していたことを知った。それを知ったのは10月27日の夜、友人からの電話によってである。本稿は、バイヤールのこの著作(初版2019年、そして新版がこの原稿執筆とほぼ同時期の2021年10月)を一切参照することなく書かれた。

*2:テクストは青木久惠訳(早川書房、2010年)を基本的に用い、必要に応じてこの邦訳の原書であるHarperCollinsのペイパーバック版(2003)を参照する。

*3:一応あらためておくこととして、ウォーグレイヴは陶器の人形が減っていったことを把握している。ダイニングテーブルの上に置かれていたのだから把握していて当然である、といえばそれまでだが、より確実なこととして、彼は人形が6個になったところをヴェラと共に目撃している(242頁)。

*4:実のところ、陶器の人形に関する記述は、警察官同士が対話する「エピローグ」においても不在である。この点は追って考察する。

*5:本考察はクリスティーのテクストのクイーン的読解であると先に述べたが、この小論の別題はクイーンの国名シリーズを踏まえて、さしずめTHE CHINA FIGURE MYSTERYとでもなろうか。

*6:筆者がこの推論を行う際に念頭にあったのは、「木の葉を隠すなら森の中」のロジックというより、「連続したモチーフを添えることで非連続殺人を連続殺人に偽装する」トリックを用いた、日本における古典的名作である。この手法は近年の作品でも様々に形を変えて用いられている。

*7:ヴェラをもう一人の犯人とする、テクスト上の記述「以外」の傍証を挙げておきたい。それは言うなれば、ウォーグレイヴ判事との「対称性」である。ウォーグレイヴは歳をとった、老獪でしたたかなかつての名判事である。彼と釣り合うもう一人の犯人像はどのようなものだろうか。ブロアやロンバードでは役不足であるように思える。ウォーグレイヴと拮抗しうる名犯人、それは、ときに恐怖に怯えつつも知力と胆力を備えた若き女性、ヴェラ以外にないだろう。

*8:作中では姓ではなく、主に「ヴェラ」と名前で記されるため、この敬服すべき女性をここでも基本的に名前で呼ぶことをお許しいただきたい。

*9:ここで本小論の『そして誰もいなくなった』というテクストに対する基本的態度を表明しておこう。この作品は、基本的に「時系列順」に書かれている。登場人物の行動や思惑が一人ずつ順繰りに描かれる箇所(例えば第1章)においても、時系列順かせいぜい「同時的」である。もしかしたら、順番に書かれているこうした箇所では、節ごとに時系列を多少前後させて読むことも、あるいは可能かもしれない。しかしそのような読みを認めることは、テクスト全体にとって大きな負荷をかけることなる。本考察の基本方針、それはこのテクストは「時系列順」に基本的に書かれており、逆転することは決してない、ということである(最後の告白文書についても、漁船から届けられたという順序を勘案すれば、時間的に「エピローグ」の後に置かれて問題はない)。それゆえ第4節のロジャーズの描写と第6節のヴェラのそれとを、時系列を乱して逆の順序で読むことはできない。

*10:白人も黒人も皆兄弟である、というエミリー・ブレントの発言に彼女は次のように独語する。「黒人の兄弟ですって——黒人の兄弟。ああ、わたし、笑ってしまう。ヒステリーを起こしそう。わたし、どうかしちゃった…」(151頁)かなり含意のある言葉であるが、ブレントの発言の前にヴェラが「ただの部族民」という侮蔑的な発言をしていることから、彼女が部族民たちの命に重きをおいていないことは明らかである。この点で彼女を責めることは容易い。だがそうした安易さに身を委ねる者は、彼女の名犯人としての資格に感じ入らない者だけであろう。

*11:それゆえ、初版の「黒人(nigger)」を「兵隊(soldier)」へとクリスティーが後々変えたのは、本小論の立場からもきわめて適切なものだった、ということになる。

*12:ヴェラがロンバードを憎みつつも惹かれている、という可能性は無論残されている。

*13:「着替えのすんでいる三人」(240頁)と訳されている部分の原語は、“The little party”であり、三人は揃ってロジャーズを探したと思われる。なおロンバードも各部屋を回って皆を起こす前に、邸内を少し見回ったことが示唆されている(おそらくは9時30分から9時35分の間)。

*14:註16で指摘されることと並び、ここが我々の解釈に対する小さな難所となっていることは確かである。

*15:この内的発話が彼女のものであることを特定するプロセスについては、勿論以下の優れた分析を参照。若島正「明るい館の秘密」、『乱視読者の帰還』、みすず書房、2001年、244-247頁。

*16:ここが我々の仮説に対する大きな障壁となりうることを筆者は自覚している。第一に心理的障壁である。たとえ推理でその結論に至ったとしても、それは恐怖を克服して部屋を出るに足るほど強いものだろうか。第二にテクスト上の障壁である。今述べた二文の間に、彼女が階下に降りて人形を取るという行為があるのだとしたら、そこにはせめて一行空けるなどの時間的空白を示す表現が欲しいところではある。前者については「強いのだ」、後者については「必ずしも必要な訳ではない」とさしあたり答えておくに留める。

*17:彼女がこれ以前にロンバードから拳銃を奪おうと考えているように見える箇所が存在する。ブロアが屋敷に向かって立ち去り、ロンバードと二人きりになったとき、ヴェラは「ちょっと身を寄せるようにして、かがみこんだ」(328頁)。これは結果としては成功したなかったものの、拳銃をあわよくば奪って彼を殺した上で、アームストロングの襲撃に備えようとしたのかもしれない。

*18:たとえウォーグレイヴ判事の告白文書が一人称の語りであり、現在検討中の箇所を含む、文書以前の部分が「全能の語り手」による三人称の語りという違いがあるとしても。後者においてさえ、ヴェラの「殺意」を記述がまったく感じさせないとしたら、それはいささか不自然というべきであろう。

*19:この内的発話がウォーグレイヴのものであることを特定するプロセスについても、若島正「明るい館の秘密」、前掲書、248-252頁を参照。

*20:筆者(中村)は得意げに彼女を犯人として指摘しているではないか、と思われるかもしれない。だがチェスタトンの顰みに倣うならば、ヴェラは優れた犯罪芸術家だが、ここでなされた探偵の真似事など凡庸な批評家の営みに過ぎない。実際、「完全犯罪」をなし得た者として背後に隠れていたままのほうが、ヴェラに相応しかったのではないだろうか。推理する探偵は犯人に勝利し得ない ― それは探偵小説の基本的な法則の一つである。

*21:若島正「明るい館の秘密」、前掲書、253頁。