Superposition de la philosophie et de ...

中村大介による哲学と他のものを「重ね合わせ」ていくブログ。目下は探偵小説の話題が中心になります。

「伏線」と「手がかり」の変遷をめぐって:佐々木徹編訳『英国古典推理小説集』を読んで

 この記事では、佐々木徹編訳『英国古典推理小説集』(2023)を読み、それに触発されて思いついたことを書いてみたい。それは、探偵小説における「伏線」と「手がかり」の、いわば史的変遷に関するものである。したがって、記事の内容は同書所収の作品に限定されない。探偵小説黎明期の作品が、他にも取り上げられることになる。

 予め述べておくが、ここで提示されるのはあくまでも「仮説」である。それゆえ、論証はいまだ不十分であり、多分に「言い加減な」ものでさえあるかもしれない。しかし論文と異なり、自分の暫定的な考えを取り急ぎまとめて示し、識者の意見を乞う、というのはブログの一つの使い方であるだろう。ご意見のある方は、コメント欄に書き込んでいただけると嬉しく思う。

 *丸括弧内の頁数は断りのない限り、同書のものである。

 

【第1節ではポオ「モルグ街の殺人」、フィーリクス『ノッティング・ヒルの謎』の真相に、第2節ではバーク「オターモゥル氏の手」、及びチェスタトン「折れた剣」と「見えない人」の真相にそれぞれ触れる。】

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【補足記事】〈関係記号〉の前景化:アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』/『雲をつかむ死』

 今回は以前書いた『そして誰もいなくなった』論を補足する短めの記事である。可能であれば、そちらをお読みいただいてから本記事に移っていただければと思うが、読んでいなくても内容の理解には困らない筈である。

 むしろ『杉の柩』を検討した際に提示した二つの仮説を用いるので、そちらの記事を読んでいただいた方が良いかもしれない。また後半では『雲をつかむ死(大空の死)』の核心にも——阿津川辰海氏の解説を参照しつつ——触れる。

 

【以下、『そして誰もいなくなった』の真相に触れる。】

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逆転の構図:アガサ・クリスティー『オリエント急行の殺人』

 今回は名作『オリエント急行の殺人』(1934)に登場していただく。この作品といえば、クリスティーの他の有名作と同様、その「意外な犯人」が決まって言及される。しかしここではそのテーマを実のところ支え、導出さえしているように見える、ある〈逆転の構図〉について論じようと思う。本作の核心は、犯人の設定というよりも、むしろこの逆転にこそある——これが本記事の主張である。

 参照するのは山本やよい訳(ハヤカワ文庫、2011年)である。必要に応じてHarperCollinsの原書(ペーパーバック版、2015年)を用いる。

※手元にある幾つかの邦語文献を見てみたが、本記事と同種の指摘は見当たらなかった。似た考察をしているものがあれば、コメント欄にてご教示いただけると幸いである。

 

【以下、作品の真相に触れる。】

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ある中間的形態:ドロシー・L・セイヤーズ『五匹の赤い鰊』

 今回はドロシー・L・セイヤーズの『五匹の赤い鰊』(1931)を、ある一点に絞り、ごく簡単に検討したい(最近復刊されたようだ)。参照するのは浅羽莢子訳(創元推理文庫、1996年)である。

 

【以下、本作の真相に触れる。】

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〈隠すこと〉の一変奏:アガサ・クリスティー『ポアロのクリスマス』

 今回はクリスティーの『ポアロのクリスマス』(1939)を取り上げる。本作はこの時期にかの女が探求していたモチーフがよく分かる佳作である。例によって伏線、ミス・ディレクションといった叙述上の特徴と、手がかりとの関係に絞って簡単に検討する。

 ※用いるのは村上啓夫訳(クリスティー文庫、2003年)である。

 

【以下、本作の真相に触れる。】

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技巧の胚珠:アガサ・クリスティー『秘密機関』

 今回取り上げるのは、『スタイルズ荘の怪事件』に続くアガサ・クリスティーの二作目、『秘密機関』(1922)である。まだ冗長なところもあるものの、この作家の優れた特質が早くも随所に表れており、トミーとタペンスの活躍も楽しめる好編である。

 この記事ではクリスティー文庫の嵯峨静江訳(2011年)に拠りつつ、主に叙述上の特徴を分析する。

 

【以下、作品の真相に触れる。】

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あるトリックの遍歴:アガサ・クリスティー『白昼の悪魔』を中心に

 これまでアガサ・クリスティーの諸作品を、「叙述」面に主にフォーカスして分析してきた。叙述や記述がこの作家の大きな特徴である以上、こうしたアプローチは間違ってはいまい。だが、そろそろクリスティー作品における「トリック」について検討してみたい。この記事では秀作『白昼の悪魔』(1940)の注目すべき叙述上の特徴を第1節で見た後で、第2節でこの作品のトリックを他の二作品と合わせて論じることにする。

 『白昼の悪魔』についてはハヤカワ・ミステリ文庫版(鳴海四郎訳、1986年)を用いる。

 

【以下、『白昼の悪魔』の真相に触れる。】

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